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広島地方裁判所福山支部 昭和34年(む)24号 判決

抗告人 佐々木清三

決  定

(申立人・代理人氏名略)

右抗告人から、被疑者金子登茂治外二名に対する窃盗被疑事件につき、広島地方検察庁福山支部検察官事務取扱副検事湯浅等が昭和三十四年四月九日なした押収物件の仮還付処分に対し、準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被疑者金子登茂治外二名に対する、窃盗被疑事件につき、広島地方検察庁福山支部検察官事務取扱副検事、湯浅等が昭和三十四年四月九日波木多平に対し、別紙目録記載の押収物件を返還付した処分はこれを取消す。

理由

一、本件抗告申立の要旨

抗告人はアメリカ合衆国々籍を有する日本人二世で、アメリカ合衆国軍の軍属であり、昭和三十三年六月十一日頃その所有にかかる別紙目録記載の自動車(以下「本件自動車」と略称)の盗難被害をうけたが昭和三十四年一月九日本件自動車の窃盗被疑者として金子登茂治が逮捕された。然るに当時本件自動車は既に同人から右自動車の賍物故買被疑者秋田正夫、同木村武夫に順次売却され、次いで同木村から昭和三十三年六月下旬頃、宇部市野中、波木多平に対し、金員借用の担保物件として提供されていたので、同年十一月十二日福山警察署司法警察員によつて右波木から、これを領置され、同年十二月三日更に広島地方検察庁福山支部に領置替えとなつたものである。而して右波木多平より、昭和三十四年四月九日本件自動車の仮還付請求がなされ、同日同庁検察官事務取扱副検事湯浅等において本件自動車を差出人波木多平に仮還付する旨の処分をなしたところ、右処分は次に述べる理由から不当のものである。即ち、本件自動車は一九五七年式外国製自動車であり、外国製自動車は昭和二十七年通産省告示第一一四号により、製作年より二年以上経過すること、持主(売らんとする者、以下同じ)が一年以上現実に使用したこと、持主が三年以内に他の外国製自動車を売つたことのないことの条件のもとにおいてのみこれが日本人への売買譲渡を許されるものであるところ本件自動車は右条件を具備しないので、日本人においては如何なる手段方法を以てするも、合法的にこれが所有権を取得することのできない筋合であり、且つ自動車は道路運送車両法により、登録した自動車については、これが所有権の得喪につき登録を以て対抗要件とされているばかりでなく民法第一九三条により盗品については盗難のときから二年間盗品の所有権は依然として被害者に属することに鑑み本件自動車を仮還付するに際しては、これらの諸点を勘案して何人に仮還付すべきかを決定すべきものであり、抗告人が本件自動車の所有者であり、盗難被害者でもあり且つ本件自動車の所有権につき登録を受けているのに反し差出人である右波木は単に本件自動車の賍物故買被疑者木村武夫に金員を貸与し、その担保として本件自動車を受取つているに止り適法にこれが所有権を取得したものでないから本件自動車の仮還付に際してはこれが所有権者である抗告人の意見を徴すべきに拘らず、これを看過し、右波木が差出人として本件自動車の仮還付請求をなしたことにより、漫然差出人たる右波木に本件自動車を仮還付することは著しく不当な処分といわねばならない。よつて検察官のなした本件自動車の仮還付処分の取消を求める。

二、当裁判所の判断

(一)  取寄せにかかる一件記録によれば、本件自動車は申立人の所有物件なるところ、昭和三十三年六月十一日頃被疑者金子登茂治等によつて盗取され、その頃同人から賍物故買被疑者秋田正夫同木村武夫の手を経て同月二十九日頃宇部市野中タクシー業波木多平に対し、右木村において金百五十万円借入金の担保物件として提供されたこと、その後同年十一月十二日福山警察署司法警察員において右波木から本件自動車の任意提出を得た上これを領置し、同年十二月三日広島地方検察庁福山支部において本件自動車の領置替えがなされたが、昭和三十四年四月九日波木多平から領置にかかる本件自動車について仮還付請求がなされた結果、同日同庁検察官事務取扱副検事湯浅等において本件自動車を差出人たる波木多平に仮還付する旨の処分がなされたことが認められる。

(二)  そこで、右仮還付処分が抗告人主張のように不当な処分であるか否かの点について検討する。昭和二十七年通産省告示第一一四号によれば、外国為替管理令(昭和二十五年政令二〇三号)第二六条第一項の規定により同令第一一条第一項の許可を受けないで非居住者(アメリカ合衆国軍属は、昭和二十七年政令第一二七号日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う外国為替管理令等の臨時特例に関する政令第二条により非居住者と看做される)に対し支払ができるのは、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う外国為替管理令等の臨時特例に関する政令(昭和二十七年政令第一二七号、以下「令」という)第一一条第一項第二号に該当する場合、即ち、合衆国軍隊等(令第四条に規定するもの)以外の者が合衆国軍隊等を相手方として当該処分の対価として内国支払手段により支払をする場合であつて、しかも合衆国軍隊の構成員軍属家族及び契約者等(令第二条に規定するもの、以下「構成員等」という)を相手方とする外国で製造された自動車(道路運送車両法第二条第二項に規定するもの、以下「外国製自動車」という)の譲受については、当該譲受の日の前三年以内に居住者に対し、外国製自動車を譲渡した構成員等又は当該構成員等と同一の家族に属する者を相手方とする場合及び本邦において道路運送車両法第九条の規定による新規登録を受けてから一年を経過していない外国製自動車又は道路運送車両法第六条の規定による自動車登録原簿の型式欄に記載された年式が当該自動車の引渡が行なわれる年又はその前年の年号で表示されている外国製自動車を譲り受ける場合を除外し、右除外例の場合には通産大臣の許可を受けなければ適法に外国製自動車を譲受けることができないものとされて居り、又道路運送車両法(昭和二十六年法第一八五号)第五条によれば、登録自動車の所有権の得喪は登録を以て第三者に対する対抗要件と規定し、自動車抵当法(昭和二十六年法第一八七号)第五条によると、自動車の抵当権の得喪及び変更は自動車登録原簿に登録することを以て第三者に対する対抗要件とし、更に同法第二〇条は自動車を質権の目的とすることを禁止している。而して、一件記録によれば、本件自動車の仮還付を受けた波木多平は、本件自動車の賍物故買被疑者木村武夫から金員貸与の担保物件として昭和三十三年六月二十九日頃、本件自動車の提供を受け、これを占有していたものであることが認められるところ、右担保物件の取得原因を質権設定契約によるものとすれば、道路運送車両法第二〇条、昭和二十七年通産省告示第一一四号民法第三四三条等により無効なものに帰すべく、又譲渡担保乃至停止条件附所有権移転契約によるものとすれば本件自動車は一九五七年式外国製自動車であること記録上明かであり、右波木において本件自動車を担保物件として取得した昭和三十三年六月二十九日乃至金員返済期限たる同年十一月三十日当時においては、前記通産省告示第一一四号により未だ本件自動車につき通産大臣の許可を受けなければ適法に所有権を譲受けることはできない筋合のものであるに拘らず、これが許可を受けたことを認むべき証拠がなく、いづれにしても、右波木としては本件自動車につきこれを占有すべき適法な権利を有するものと言うことはできない。然るところ、押収物件の仮還付に当つては、所定の請求権者から仮還付の請求がなされることが要件とされ、本件自動車を右波木に仮還付した当時被害者たる抗告人から仮還付の請求がなされていなかつたこと記録上明らかであるが、押収した賍物で留置の必要のないものは、被害者に還付すべき理由が明かなときに限り事件の終結を待たないで、検察官はこれを被害者に還付しなければならないこと刑事訴訟法第二二二条によつて準用される同法第一二四条の明定するところであるから、検察官において一時留置の必要のなくなつた押収物件中賍物について仮還付をする場合においても被害者に還付すべき理由が明かなものとしてこれを被害者に還付すべきものであるか否かを勘案してこれが処分をなすべきものと言うべく、然るに賍物である本件自動車が被害者たる抗告人に還付すべき明かな理由のあるか否かを斟酌せず、右波木の仮還付の請求に基き漫然本件自動車を右波木に仮還付した検察官の処分は不当たるを免れない。即ち本件抗告申立は理由があるに帰する。

(三)  よつて刑事訴訟法第四三二条第四二六条第二項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 河相格治 村上明雄 丸山明)

(目録略)

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